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キリスト教美術―スペイン・ロマネスクを中心に― AKIRA KATSUMINE

現役時代は商社マンでした。
その後スペイン・ロマネスクを究めるべく日々研鑽。
70歳代に『イスパニア・ロマネスク美術』(2008年)、
『神の美術ーイスパニア・ロマネスクの世界』(2011年)刊行。
11年超のヤフーブログからこちらへ引っ越しました。
2020年以降は本人の遺志を継いで、これまで書き溜められた原稿や講演録から随時更新していきます。(管理人)
Manuscritos iluminados Mozárabes

中世の芸術表現の最も重要なもののひとつ細密画手稿本は、
修道院の専門写本工房において、
芸術的、教義的才能のある修道士たちの手により、
その修道院はもとより、教会または王たちのために創作されたものです。



 El Cordero sobre el monte Sión. Valladolid, Biblioteca de la Universidad, (ms. 433, f. 145v).

 
【子羊がシオン山の上に立っており、、子羊と共に十四万四千人の者たちがいて、
 その額には子羊の名と、子羊の父の名とが記されていた。
 わたしは、大水のとどろくような音、また激しい雷のような音が天から響くのを聞いた。
 わたしが聞いたその音は、琴を弾く者たちが竪琴を弾いているようであった。】 
  (ヨハネの黙示録14ー1〜2)

 

前回(2022年6月12日)紹介しましたモサラベ建築の一例、サン・ミゲール・デ・エスカラーダ修道院教会はもともとビシゴード教会の跡地に、コルドバから移住してきたキリスト教徒モサラベの修道士によって9世紀にに建造されました。

今は教会だけが姿をとどめています。

ここにあった修道院はスクリプトリウム(写経所)として聖書や黙示録が製作されていました。
 

西欧の初期中世時代、知の集積所は修道院でした。
 
後に司教座学校もこれに加わります。


手稿本の種類は、ベアト本、聖書、書、詩篇、殉教書(聖人伝)などがあります。

大きく重くて扱いが大変な手稿本は、羊皮紙に手描きされました。
 
それらは半分に折り重ねられて交互に入れこまれ、二重に縫合され表紙がつけられました。
 
貴金属もしくは貴石を嵌めた打ち出しを施し装飾されました。

ラテン語が用いられ、当初はビシゴド様式の小文字が用いられ、のちにカロリング様式へと置き換えられていきました。

テキストの文化的価値は別として興味を引くのは、強烈な色彩を用いた挿絵が挿入されたことです。

これらの絵は細密画と名付けられました。






モサラベ手稿本は11世紀末〜12世紀初頭までスペインで製作されました。

達筆なビシゴド文字 のテキストは、二つまたは三つに分けられてページを埋め尽くしています。

写字生、挿絵師、場所、日付などのデータは、最終ページの奥付きに記されました。 

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最もよく知られたモサラベ手稿本はベアトゥスです。



   Alfa. Beato de la Biblioteca Nacional, Madrid, (vitr. 14- 2, f. 6).

【神である主、今おられ、かっておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。
「わたしはアルファであり、オメガである。」】 (ヨハネの黙示録1−8)

 

8世紀にリエバナの修道士ベアトによって記された「ヨハネの黙示録注解」には幾つか異なった様式のものがあります。

その魅力は、
赤、青、黄、緑など原色を交互に帯状または斑に使い、ロマネスク美術技法にプラスされたモサラベの独特な様式が神秘性を醸し出しているからではないでしょうか。




 以上の写真は、この本 ” Los manuscritos españoles ” より


(勝峰昭 執筆:2015年5月25日)

 
【お知らせ】

勝峰昭著『イスパニア・ロマネスク美術』、『神の美術―イスパニア・ロマネスクの世界』(光陽出版社)は刊行以来、
三省堂書店神保町本店の美術書コーナーでお取り扱いいただいてきましたが、
2022年5月新社屋建設のため移転縮小となることにより、今後はアマゾンだけでの取扱いとなります。


勝峰 昭
光陽出版社
2008-08T


 






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FIN

(次回2022.07.02更新予定)

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フランス・ロマネスクともイギリスともイタリアのそれとも大きく様子の異なるスペイン・ロマネスク。

スペイン固有の特異な事情がありました。

約8世紀にわたるイスラム統治(711〜1492年)の影響を受け、イスパノ・イスラム美術【Hispano musulmán】がロマネスク美術に組み込まれたのです。

このため西欧の他の地域のロマネスク美術には見られない、スペイン独特の魅力的なロマネスク造形になりました。


 
  コルドバの回教寺院 メスキータ


イスラム教が興隆した7世紀頃の空間造形はササン朝ペルシャ様式が原型です。

スペインの西カリフ王国を創立したアブドゥル・ラフマンは、モスク様式を創設したウマイヤ朝(661−750年)最後の後継者の一人で、

イスラム・アッバス王朝がウマイヤ朝を倒し(750年)その男子後継者を皆殺しにした時に、単身アフリカのイスラム圏を通ってスペインに逃れてきました。

こうしてウマイヤ朝美術がコルドバに移植されたのでした。

つまり東方バビロン、シリア、エジプト、グレコロマン、ペルシャなどの美術様式を集約したものが、イスラム教と共にスペインに流入したのです。





◆ モサラベ絵画の一例 


    
イエスと十二使徒の祭壇前飾り (MNAC蔵)

 
○ 色彩は多彩色で鮮明
 ○ 遠近法はなく上部ほど遠い
 ○ 目線は揃えている
 ○ 幾何学模様の連続 など特徴的である






砂漠は「空」と「太陽」と「砂」のほかに何もありません。

イスラム教義の単純性、硬直性、徹底性、論理的整合性は、そして何よりもその文化の感性的な抽象性は、かかるところに於いて初めて可能になります。

芸術とくに建築の分野においては、拡散的(横断的広がりと凹凸)、反射的、鉱物的な硬さ、幾何学的な文様装飾など独特な様式的特徴をもちます。


イベリア半島を征服していく過程で、
既存のキリスト教美術(初期キリスト教美術、ビシゴド美術、アストゥリアス美術など)は、
イスパノ化したイスラム美術へ、
そしてモサラベ様式が生まれ、
ついにロマネスク美術に組み込まれ、
少し遅れてムデハル様式となり、

スペイン・ロマネスク美術として、多様性を統一しながらそのアイデンティティーを確立したのでした。




◆ モサラベ様式の代表的な一例


  
サン・ミゲール・デ・エスカラーダ修道院教会

(モサラベとは、イスラム統治領域内に住むキリスト教徒のことです。
 彼らはイスラム美術を習得し、キリスト教美術と融合させました。
 レコンキスタの南方進展に呼応して北に逃れ、 
 モサラベ様式をプレ・ロマネスク及びロマネスク美術に導入しました。)

 



◆ ムデハル様式の一例

  サンタ・マリア・ラ・マヨール参事会教会(トロ)

(ムデハルとはレコンキスタ国土回復の進展とともに、
 キリスト教徒の支配下に入った領域に残って居住したイスラム教徒のことです。
 彼らのもたらしたイスラム美術の一部様式をムデハル様式といいます。)



(勝峰昭執筆2015年5月20日)


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勝峰 昭
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(次回2022.06.22更新予定)

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英語読みのスペインSpainとは言わず イスパニアHispania と書くことにこだわるのは、

中世時代のかの地はHispaniaだからでその方が臨場感をもって中世に浸れるからです。






2000年アルタミラの洞窟を再訪するのを目的に、マドリードに降りたちました。

その頃は1日20人限定で入場できて、それも一組5人までと制限がありましたが、
そんななか直にこの目で見ることのできるという至福の時間を持つことができました。






北に向かう途中ブルゴスのシロス村にあるサント・ドミンゴ大修道院に寄りました。

ちょうどユーロに移行するころのことでチケットは150ペセタとなっています。

2000年2月22日のことです。










修道院回廊をゆっくり歩いていると四隅にある8枚のパネルのひとつ「トマスの不信」の前で動けなくなりました。



【イエスはトマスに言われた。
「あなたの指をここに当てて、わたしのわき腹に入れなさい。
 信じない者ではなく、信じるものになりなさい。」
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」】
  (ヨハネによる福音書20章より)








あたかも啓示を受けたかのごとくこの美術を究めたいという思いが昂じて

仕事でマドリードに長年駐在していた時には訪れたことのない

田舎のロマネスク聖堂や修道院へと

その後日本から足しげく通うことになりました。

 





こうして執筆したのが『イスパニア・ロマネスク美術』(2008年、光陽出版社)です。
 
当初タイトルは『イスパニア・ロマネスク美術探究』を考えていました。
まさに探究という思いだったのです。
 
大学の先輩でもあり元スペイン駐箚特命全権大使の林屋永吉氏に、当時ご相談ご助言いただいてシンプルなタイトルにしたという経緯があります。

スペイン文化省のバルタサール・グラシアン基金の助成を受けて出版できたことに感謝しています。

また日本図書館協会選定図書になったことはありがたいことでした。
 
 

その後、自由に個別のテーマを幅広く掘り下げてこの美術の明らかにしたいと願ってまとめたものが

『神の美術ーイスパニア・ロマネスクの世界』(2011年、光陽出版社)です。

すでに一千年続くというサント・ドミンゴ・デ・シロス大修道院付属図書館に二冊とも収蔵いただいています。





なぜこのように夢中になって執筆に駆り立てられたのか、

正直言えば書かされているという他ありません。

何事も「究める」ということは終わりが見えないという思いでいます。
 

(勝峰昭執筆:2011年8月1日)





    (アルタミラで入手した切手たち)





○今回は節目の日で、著作の紹介をいたしました。(管理人)



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(次回2022.06.12更新予定)

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スペインの中世は711年のイスラム侵攻以来、イスラムの最後の砦グラナダが開城する1492年までの8世紀にわたる長期間キリスト教徒とユダヤ教徒とが共生する時代となりました。

建築の特異性もこの歴史のユニークさから形成されました。

ユダヤ建築はイスラム建築を借りて、スペイン建築の特質はこのイスラム建築との共生を通して形成されたといえます。

 

一方、カタルーニャはカロリング朝の属州マルカ・イスパニカとして最初からフランスとの関係が密接でした。

中世のカタルーニャはピレネーを挟みスペイン・フランス側両方にまたがる文化圏を形成していました。

南方のイスラム化されたスペインと、北のヨーロッパとの間に形成された文化圏といえるカタルーニャ。

この時代の精神的支柱となった中心人物が、当時の西欧文化を代表する高僧の一人オリバ修道院長(971ー1046年)でした。

リポイとキュサックの修道院長、ビックの司教として活躍しました。

カタルーニャ・ロマネスクの三大宝物の一つといわれているリポイのサンタ・マリア大修道院教会の西正面扉口の彫刻をご存じの方も多いことでしょう。






一大叙情詩である図像は大まかにいうと、上層には人類に約束された未来、中間には戦闘的な過去、下層は現在の労働が表現されています。

この時代のカタルーニャ・ロマネスクのことを初期ロマネスク芸術ともいいます。



これはバルセロナの古本屋さんで入手したサンタ・マリア・デ・リポイ修道院の冊子です。







ここにこんなA4サイズの貴重な一枚が挟まれていました。




だれが、いつごろ、どんな思いで、とあれこれ想像しています。

(勝峰昭執筆:2015年5月15日)


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    (これは別の機会、マドリードの古本市の様子です)
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(次回2022.06.02更新予定)

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象徴」認識レベルは実に多様です。

心霊的psiquicos、文化的culturales、感動的emocionales、宗教的religiosos など。

結論からいうとあらかじめ定まった解釈をもつ「寓意とは異なり正確な基準はありません。

前回(2022年5月2日)は、鶏とフクロウがどのように象徴としての役割を果たしているかをご紹介しました。

今回は4月のイースターの復活の場面をマルコによる福音書(16:1〜6)からみていきます。

・・・・・・・・・・・
 
安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。 
そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。 
彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。 
ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。 
墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。 
若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。

・・・・・・・・・・・・


      San Miguel (Estella)  
 

象徴とは、本来関わりのないもの、具体的なものと抽象的ものを何らかの類似性をもとに関連付ける作用のことです。

白い衣の「白色」は汚れがなく清らかであることを表します。
また、白は勝利の色と解釈することもあります。

「右手」は平和のくる方向といわれています。
キリスト教美術では、右は積極的価値を、そして左は消極的意味を表します。
これは左が劣るということではありません。
右diestroという概念は仕事をやり遂げるという前向きな意味があるのです。

ロマネスク建築、とりわけ聖堂は「神の家」として市民建築とは異なる造型をもっています。
各所に象徴的造型が見られます。
詳しくはまたの機会にします。
最後に象徴学の専門家María Angeles Curro の一文を紹介します。

「ロマネスクの総体は単一の概念を保持している。つまりその装飾テーマは構造に組み込まれ、彫刻や絵画はすべて建築の定めるところに従っている。しかもそれらの中にはすでに象徴が内在しているのだ。」
 

(勝峰昭執筆:2014年11月15日)


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(次回2022.05.22更新予定)

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夜明けAmanecer
 
鶏と梟(フクロウ)

日本の春は始まりの季節です。
何事も始めるときは、緊張するが楽しい。
それは未知な未来がもつ不安と期待のせいでしょう。

西欧の中世では、人々は「象徴」という概念を用いて「始まり」を告げました。

新しい時代の到来は、民衆に生き甲斐を与えました。 
誰にでも無差別にいつか訪れる「死」への怖れを信仰は和らげてくれます。
日常の生活において「愛」の心が人々を連帯させます。

「鶏」は暁を告げます。
「梟(ふくろう)」は不吉な鳥だと思われがちですが、夜のとばりが終わることを予告するともいわれています。

つまりこれらの鳥は新しい時を告げる象徴なのです。
「鶏」は大聖堂の塔の先を飾り、「梟」は聖堂の外壁に組み込まれました。

巡礼路の代表的な盛期ロマネスク教会である、サン・イシドーロ参事会教会の塔最上部を見てみましょう。










レオン王廟の壁画にも、鶏が描かれています。



(以上の写真は、"Real Colegiata de San Ishidoro"  EDILESA PATRIMONIO より)





  (ソーリユ、サン・タンドーシュ聖堂柱頭 『ロマネスク彫刻の形態学』より)

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「中世人にとっては、動物という概念は私たちのもつそれとは異なる。
動物生物学ではなく動物象徴学ないし動物神学の立場からである。(中略)
中世人は動物の背後にひそむ真義を解明しようとする。
その意義ゆえにこそ動物は存在理由をもつと考えるのだ。」
(柳宗玄『ロマネスクの形態学)2006、八坂書房より)
_____


ロマネスク彫刻には多彩な動物が登場しますが、それぞれこのような象徴的意味をもつことが多いのです。

象徴とは「本来関わり合いのないの二つのもの(具体的なものと抽象的もの)を、何らかの類似性をもとに関連づけることだと広辞苑に定義されています。

(勝峰昭執筆:2013年4月15日)


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(次回2022.05.12更新予定)

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復活を祝うイースター4月。

福音書にはキリストの墓所を訪ねた婦人たちが墓が空になっているのを見出して、間接的に復活が示されています。

《婦人たちが恐れて地に顔を地に伏せると、二人は言っ た。
 「なぜ生きておられるかたを死者の中に捜すのか。
  あのかたは、ここにはおられない。
  復活なさったのだ。
  まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。」》
 (ルカによる福音書 24:5-6)



キリストの遺骸に塗るための香料、香油を持って墓所を訪れると福音書にありますが、そこに挙げられている名称は四福音書家の記述に違いがあります。

マグダラのマリア、イエスの母マリア、ヤコブとヨセフの母マリア、サロメ、ヨハンナほか名称も人数もまちまちです。
 

造形的には「キリストの墓所を訪れる三人のマリアたち」という主題は全欧的広がりをもって、ロマネスク美術の一つの主要テーマとなっています。


 

  サン・イシドロ参事会教会 「許しの門」一部


スペインにおいてもロマネスク聖堂扉口のタンパン、回廊の柱頭、パネル、壁画などに数多く取り上げられ、奇跡を呼ぶまた叙情的な聖書の一情景として、それは仰ぎ見るものをして聖なる感情を刺激します。


マリアたちの姿勢や表情は時代的特徴として、ロマネスク時代(11~12世紀)は典礼劇の影響で容貌が類似しています。





   サント・ドミンゴ大修道院 回廊「墓所」 

 
また悲哀性が希薄で、静謐、穏やかな表情を湛えていることがロマネスクの特徴です。

時が進みゴシック前期(13~14世紀)になると、自然主義的で悲哀と優美さを感じます。


果たしてマリアたちはどんな格好をしていたか、どんな容貌であったか、またどんな仕草をしたのか知る由もありませんが、美術に現れた当時のこういった個別創作の違い、とくに時代考証の面白さに思いをいたすことも、美術の一つの見方でしょう。


(勝峰昭執筆:2010年4月30日)

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FIN

(次回2022.05.02更新予定)

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ロマネスクの切手 
 

 

 


ナバラ州レイレLeyreは、ハカJacaの近くです。

 

なんといってもここの目玉は地下祭室で、上部の後陣穹窿の総重量を支えるため、太く短い支柱と円柱が林立しています。(切手:上段右)

 

仕組まれたとしかいいようのない柱頭が、このような真っ暗な地下祭室にあるのです。

 

何故このように目線より低い位置にわざわざ巨大な柱頭を取り付けそれに彫刻までしたのでしょうか。

 

不必要な装飾を拒むシトー派の修道院としては、理解に苦しむ謎といわざるをえません。

 

そのために実見しようと来たのですが、もう一つこれといった明確な理由が分かりませんでした。

レイレはフランスからの巡礼路の二つが一緒になる地点からそれほど遠くない開けたところにあります。

 

訪れる人も多いこの修道院の歴史は、プレロマネスク時代9世紀、ナバラ王朝Sancho El Mayor王の時代に始まり、1057年になって漸く聖別されたのですが、圧倒的な重量感を伴うマッス性が特徴でもある、ローマ的な初期キリスト教建築の影響をうけています。

 

聖堂は3廊・3祭室のバシリカ様式ですが、時代の趨勢には逆らえず、14世紀には西正面を除きゴシック様式への改修が行われました。

 

しかし地下祭室だけは後陣の総重量を支えて昔の姿をとどめています。

 

3祭室の下部に相応する形で3つの区分と、もう一つ中央区画が追加されて計4区画に分けられています。

 

2本の支柱と8本の円柱が全重量を支えているわけですが、そのいくつかに巨大な柱頭が嵌め込まれ、それぞれ線estrías、球根bulbos、渦巻きvolutasなどの単純な模様の彫刻が目線よりやや下に展開しています。

推定の域を出ませんが、柱頭を用いたのは過剰な加重に対して建築上の視覚力学的な安定感を求めたこと、それに彫刻まで施したのは(それも建築後数年経ってから)「空白への忌避感」の故であったのではないかと思っています。

なお正面玄関のタンパンには、初期ロマネスク美術の貴重な彫り物-「荘厳のキリスト」が、右に聖ペテロ、左に聖ヨハネをともなって主宰しています。

 

ナバラのキリスト教美術の希少な遺産といえます。

 

 

 


(勝峰昭執筆2009630日)

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FIN

(次回2022.04.22更新予定)

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ロマネスクの切手




 


マドリードに二回に分けて10年ほど仕事で駐在していた身にはトレドは何度も訪れたところであったが、当時はロマネスクの「ロ」の字もまだ始まっていなかった。

 

トレドの唯一のロマネスク教会 San Románを訪ねたのは2010年。

 

街の中心から街の無料ガイドが集団を引き連れて歩いて行ってくれた。

 

参加者はスペインの各地方や南米からの観光客だった。

 

国籍の様々な旅人との会話を楽しみながらの町歩きもまた格別な時間だった。

 

市の西側にあった、その教会はムデハル様式を改修したものだった。

 

ビシゴド時代の遺物の展示コーナーがあり、特にベルトのバックルが数多くいい状態で保存されていた。

 

壁面全体にフランコ・ロマネスク風の淡い色彩の聖人画が比較的鮮明に残っていた。

 

このあと、

Mezquita Cristo de la lug

Santo Tomé

Sinagoga

これらを一緒に訪ねたあと、集団と別れた。

 

三晩ほど滞在していたパラドールの部屋からは正面に大聖堂、Alcazar

そしてTajo川は東西に流れて眼下に見えても流音はない。
 

この眺めの秀逸さと晴天に恵まれたこと、相変わらずのトレドの賑わいも、マドリードとの往復のドライブもすべて心地よかった。

 

写真は、トレドの聖具sacristíaのショップで購入したロマネスクの切手です。

 

 

  (切手に添付されていた説明文)
 

 

21.ロマネスク美術

ロマネスク美術はキリスト教ヨーロッパにおいて生まれ、11〜13世紀に広まった。

それは、ローマ、ビザンチンとその各地に存在した諸要素の統合物である。

移動工房(ロンバルディア工匠たち)ぼおかげで普及し、偉大な巡礼路(サンティアゴ、ローマ)を踏破して、クリュニューのような宗教秩序の開花につながった。

イスパニアにおいては10世紀末カタルーニャに入り、とりわけサンティアゴへの様々なルートを通じて全王国に広がった。

(説明文:勝峰昭訳)

 

 

(勝峰昭 執筆2010.11.4

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FIN

(次回2022.04.12更新予定)

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三島は20代に船旅で初めての世界旅行をしています。

1957(昭和32)12月、ニューヨーク、ロスアンジェルス、サンフランシスコからマドリッド(地名は原文のまま)を訪れた回想録が『三島由紀夫紀行文集』(佐藤秀明編、岩波文庫、2018)にまとまっています。

 

旅先の体験を明晰、清新な文章にしていて、彼の青年時代の豊かで奔放な感受性が窺え、編者がおっしゃるように総じて的確で独創的です。

 

以下一部引用(原文通り)
 

<マドリッドの冬かなり寒い。―中略―ここの新年を迎えるけしきは、気候こそ寒いが、全く南国風で、スペイン女の肩掛けのかげにのぞく黒い瞳も、寒さをすっかり忘れさせてくれるのである。>

 

このように三島は繊細な感受性の一端を垣間見せてくれます。

私事ですが商社時代マドリードに1963年(当時30歳)から8年間を第一回目の駐在をしました。
 

何とも良き時代で、三島の感受性に響いただろう当時のマドリードの風景を思い出します。
 

 


  
  (手持ちの切手です)


三島はローマからニューヨークに向かい「ミュージアム・オフ・モダン・アート」を観に行って「ゲルニカ」と対面するのですが、その時の印象を次のように語っています。

少々長いですが、三島の独特なゲルニカ観を引用してみます:

 

<白と黒と灰色いて鼠がかった緑ぐらいが、ゲルニカ画中で私の記憶している色である。
 

色彩はこれほど淡泊であり、画面の印象はむしろ古典的である。
 

静的である。
 

何ら直接の血なまぐささは感じられない。
 

画材はもちろん阿鼻叫喚そのものだが、とらえられた苦悶の瞬間は甚だ静粛である。

希臘彫刻の「ニオペの娘」は、背中に神の矢をうけながら、その表情は甚だ静かで、湖のような苦悶の節度をたたえて、見る人の心を動かすことが却って大である。
 

ピカソは同じ効果を狙ったのであろうか?
 

「ゲルニカ」の静けさは同じものではない。

ここでは表情自体はあらわで、苦痛の歪みは極度に達しているのである。
 

その苦痛の緩和が静けさを生み出しているのである。
 

「ゲルニカ」は苦痛の詩というよりは、苦痛の不可能の領域がその画面の詩を生み出している。


一定以上の苦痛が表現不可能のものであること、どんな表情の最大限の歪みも、どんな阿鼻叫喚も、どんな訴えも、どんな涙も、どんな狂的な笑いも、その苦痛を表現するに足りないこと、人間の能力には限りがあるのに、苦痛の能力ばかりは限りも知らないものに思われること.....こういう苦痛の不可能な領域、つまり感覚や感情の表現としての苦痛の不可能な領域にひろがっている苦痛の静けさが「ゲルニカ」の静けさなのである。

この領域にむかって、画面のあらゆる種類の苦痛は、その最大限の表現を試みている。
 

その苦痛の触手を伸ばしている。
 

しかし一つとして苦痛の高みにまで達していない。
 

一人一人の苦痛は失敗している。
 

少なくとも失敗を予感している。
 

その失敗の瞬間をピカソは悉くとらえ、集大成し、あのような静けさに達したものらしい。>

 

この三島の感覚は私も共感します。

一流の文学者の独創的な寄稿文はまた格別です。

 

 

マドリードに駐在をしていた頃には何度も「ゲルニカ」を観に行きましたが、ある時親友の妹(芸大の教授)のお供で訪れた折のこと、彼女は絵の前に佇むとすぐに涙を流されたのです。
 

私はとっさに自分の感受性の無さに聊か忸怩たるものがありました。                                 


 

(勝峰昭 執筆2018.11.20


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FIN

(次回2022.04.02更新予定)

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